トイロ

ココロ

Toyroメンバーのリレー・コラムです。ぜひ、お楽しみください!(代表・横川理彦)


もう一人の理想の自分
荒木尚美

私は高校卒業までの12年間私立校に通っていて、小学生の頃は通学に1時間ほどかかっていましたし、もっと長い時間をかけて遠くから通っている生徒も何人もいました。先日、何度も乗り換えが必要で、通学時間がかかりそうな電車に、母校の小学低学年の後輩を見かけ、その表情を観察していて、自分の同じ年頃にいきなり引き戻されました。通学に時間のかかる子供達は一人で何を考えながら過ごしているのか?

私の通学路は、家から約800メートルの最寄りの駅まで歩き、一駅電車に乗り、そこからスクールバスで3.9キロの道のりでした。今、Googleマップで調べると、大人なら、多分、計30分強で学校に到着できるのでしょうが、小さい私は電車にもバスにも乗り遅れ、遅刻ばかりしていました。それに、朝はまだ一心不乱に駅まで歩いていたはずなんですが、帰りになると、親と決めた通学路を歩かず、いろいろな経路をデタラメに通り、ずいぶんな時間をかけて帰宅していたと思います。近所の公立の生徒なら、友達同士で帰宅したりしますが、私の通う学校は皆それぞれ全く違う地域から集まってくる私立校で、通学路の大半を一人で過ごすのが当たり前でした。都内の混んだ電車内で、母校に限らず制服を着た低学年の子供が一人でいるのを見る度、白昼夢のように、当時の通学路の駅の階段や、暗渠になる前の川や橋、触りながら歩いたよその家の塀や草花の感触に引き戻されます。「小さい子供なのに一人で寂しい」とか「一人で退屈」ではなかったと思います。私の場合、延々と「もっといい自分、もっといい人生」を脳内で考えながら歩いていました。フラフラと植え込みに入ったり、溝のカタツムリを触ったり、交通事故で死んだ猫を長時間眺めたりしながら、「もっと成績のいい」「もっと体育が得意な」「人気があって」「パリッとアイロンの効いた制服」「〇〇さんのようにサラサラな髪の毛で」「〇〇さんのように彫りの深い顔で」「足が長くて」等を総合した理想の自分のもう一つの人生を延々と想像して歩いていました。

近隣で、女子なのに黒いランドセルの制服の子供は1~2人しかいなかったので、母と仲良しだった商店街の人達は、自分だけの世界に浸ってフラフラと心ここに在らずで歩いていく制服の私を、多分、毎日眺めていたと思います。寄り道すると決めた日は、商店街の駄菓子屋さんや八百屋さんに上がりこんで、お菓子や飲物をもらって長居していたので、孤独が好きな子供でもなかったはずです。単に決められた通学路を通るのが苦手な私は、帰る道、電車に乗らずに裏道をフラフラ歩いてるところを偶然車で通りかかった母に見つかり、ひどく怒られたこともありました。ある時は、「拾ったお金を交番に届けて、落とし主が現れないと本当に半年後にそのお金がもらえるのか?」を実験してみたくて、自分のお金を封筒に入れて、「道で拾った」と母に嘘を言い、二人で交番に行き、私の思うところの『拾った場所』を警官に説明したら、家族の誰も使わない道の途中で、「なぜそんな場所にあなたはいたの!」と母に大目玉を食らったことがあります。子供が目的なしに歩いている様子が母には想像できなかったようで、小さな子供が行方不明になる事件の報道を見る度、「多くの子供は親が想像できないような行動範囲を持っている」と私は思うのです。自分と同じように、フワフワと何かを考えながら、どんどん歩いていってしまう子供がきっといるからです。そこに理由や目的なんかないのですから。

『人形の夢と目覚め』

途中からは誰でも知っている有名な曲ですね。私が小さい頃、いつもこの曲の最初の3拍子の部分だけを延々と頭の中で繰り返して、食事中もどんな時もこの曲が消えずに気が狂ったように机でエアピアノをしていて、いつも母に怒られていました。この曲をそんなに好きだったわけじゃないと思うんですが、3拍子が終わるところからは弾いたこともなく、弾けるように練習する気もなかったし、なぜこの曲が無限ループだったか?よくわかりません。

「もう一人の理想の自分」を頭の中で生きる日々は、自転車通学を許可される中学入学あたりで終わったと思います。中学の頃は多分、好きなレコードを脳内で再生しながら自転車を漕いでいた気がします。それはそれで、小学生の頃の私と同じ表情で「心ここに在らず」状態だったかもしれませんが、部活も忙しく、通学時間も小学生時代の半分以下になったので、空想時間は短くなりました。10代にもなれば、人の目というものも意識するようになります。だから、まだまだ人目も気にせず空想に浸りきっている遠距離通学の小学生に特別な親しみを感じるのです。(小学生だとスマホを持っていない確率も高いし。)「この子は、なりたい自分を延々と頭の中で演じているのでは?」「この子は好きな曲をずっと無限ループさせてるのではないか?」「この子はいつもと違う駅で降りたくてうずうずしているのではないか?」「この子はさっき定期を失くして、不安でいっぱいなのに平気な顔を作っているのではないか?」などと、想像して楽しんでいます。


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