Toyroメンバーのリレー・コラムです。ぜひ、お楽しみください!(代表・横川理彦)
郷拓郎
小学一年生になって初めての宿題が出たとき、私は誇らしい思いだった。もう幼稚園児ではないのだ。もう幼稚ではないから宿題をやるのだ。
教科書体で薄く書かれたひらがなをなぞるだけのペライチだったけれど、あたかも高学年であるかのように時間をかけて職務を全うした。
実際に高学年になると宿題は重しになった。あんなに誇らしかった宿題が、もはやいつかは処理しなくてはならない産業廃棄物のように疎ましい。
更に進学するにつれ、もはややるかどうかではなく、どうやって生き延びるかの問題になった。
大人になって本格的な宿題が始まった。「答えが定まっていない問い」しか出ない宿題に、今日も挑む。
6歳の時分、薄いプリントを前にして感じた誇らしさは、言い換えるなら自分に役割が与えられた喜びであった。
私のような濡れ鼠にも役割があるのなら、喜んで世界に介入していたい。どうやら私は宿題に向かう際に一年生の気持ちに戻るのが好きなのだ。