トイロ

ココロ

Toyroメンバーのリレー・コラムです。ぜひ、お楽しみください!(代表・横川理彦)


バックアップ
永田太郎

ひと月程前、急に作業用のHDDの調子が悪くなった。
開いているファイルの動作が突然重くなったりギュギュッと今まで聞いたことのない音が鳴りだしたりしたので、ああこれはそろそろお別れを告げるタイミングだな、ということで慌てて新しいHDDを買いに行って、データをコピーし事なきを得た。
今、Macにはタイムマシーンというとても便利な自動バックアップシステムがあって常時バックアップを取っていたので、HDDが急に壊れそうになってもそんなには慌てることはなかった。HDDが壊れる(壊れそうになる)たびに、神様、仏様、タイムマシーン様!という感じでそのバックアップシステムに感謝を繰り返している気がする。

10年以上前、タイムマシーンという便利なシステムがまだ無かった時にはデータを地道にコピーしてバックアップを取っていたのだけれど、ついつい取るのを忘れていたりして、そんな時に限って急にHDDが壊れてしまった事があった。

うーむ困った、、。ネットで検索すると何やらデータを復旧してくれるという会社がいくつも出てくるが、どれも胡散臭い気もするし何より値段が高くてびっくりした。
しかし背に腹は変えられぬということで、意を決して割と良心的(っぽく見えた)データ復旧会社を訪ねることにした。

会社の受け付けで症状など必要事項をいくつか書き込むと個室に案内され「ここでお待ちください。」と言われた。
暫くすると白衣を着て白い手袋をはめた若い男性スタッフが何やら神妙な面持ちで入ってきた。高級宝石店で出てきそうな紺のベロアのトレーをうやうやしく差し出して
「こちらにお持ちいただいたHDDをお収めください。」
と言うので、「はあ、、」という感じで僕が持ってきたものを置くと、彼は一歩下がりながら一礼し
「では今から調べて参りますので暫くお待ちください。」
と言って部屋から出て行った。
なぜ白衣に白手袋?と思ったが、どうやらHDDという精密機器をいじるという事は僅かなチリすらも存在しないクリーンルームというのが必要なくらい繊細な作業なので、それをイメージさせるような演出という事らしい。
しかしHDDを調べるだけにしてはやけに厳かで神妙な態度と白衣が相まって絶妙な軽薄さと違和感を醸し出していて、まるでコントの1シーンのように滑稽であった。

暫くすると彼が戻ってきた。そして相変わらずの神妙な面持ちで
「申し訳ありません。お持ちいただいたHDDをスクリーニングしてみたのですが弊社では復旧出来るかどうかわかりません。チャレンジして頂くことはできますが、もしデータが復旧できなかったとしても(びっくりするくらい高額な)料金はかかります。」
と言う。
そんなチャレンジギャンブルをこのコント集団に託す気にはなれなかったのでお断りして家に持ち帰った。

うーむ他に何か手はないか?某掲示板を更に検索していくと、最終手段的な存在で『鼻息さん』という(当時は個人業者だったと思う)人がいるらしいとわかった。

『鼻息さん』というキャッチーなそのネーミングに惹かれて調べてみると、なんでも『鼻息さん』には電話で仕事を依頼する際に、「俺に任せておけば大丈夫」とか「他の業者はダメだ」とか「最近の若いものは、、」などと延々(場合によっては1時間も)鼻息荒く息巻くのだという。それでそういうあだ名がついたと。
ただし仕事の腕は確かで他でサジを投げられたものも直してしまうというのだ。
本当かどうかわからないが、何よりもその都市伝説っぽいその人にも興味が湧いたので頼んでみる事にして電話をかけた。

電話口での鼻息さんは、いかにも職人という感じの少し無愛想な口調で
「ウチのことどうやって知ったの?ネットで調べて?ああそう。で症状は?」
というのでまず故障の状況を説明したが、彼は一応手順なので聞いてはみたもののそんなことには大して興味はなさそうであった。それよりも
「他の業者に持って行った?え?復旧出来るかわからないって言われた? まあそうだろうなー。他のところはダメなんだよ、最近の他の業者のやり方はダメなの!わかる? その点俺のやり方はバッチリな訳よ!まあ俺が直してやるよ!」
という感じの鼻息マシンガンセールストークが始まって圧倒された。
でもそれは決して嫌な感じでは無くむしろコレか!と一つのエンタメショーに触れたと言っても良いものであった。
15分くらいそういう鼻息トークが続いただろうか?最終的には
「壊れたHDD送ってきな、診てやるから。1週間くらいで返事するよ。心配すんな。」
というような話で終わったのでHDDを送って返事を待った。

1週間経っても2週間経っても返事が来なかったので、3週間目にどうなりましたか?と再度電話をかけてみると
「あー?あれ?無理だったわ。HDDは送り返すね」
と今度は鼻息荒く無くあっさりと電話が切れた。
でも彼に悪い印象は無い。
彼は復旧できなかったからという事で料金は取らなかったし、
前述のコント集団よりは良心的に思えた。

そういう訳で最終手段でも復旧できなかったHDDは、2度と再現されない曲のデータをそのディスクに刻んだまま今も手元にある。

その後はマメにバックアップを取るようになったのは言うまでもない。

バックアップは重要。


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