Toyroメンバーのリレー・コラムです。ぜひ、お楽しみください!(代表・横川理彦)
今年も、4月から3ヶ月間、ミラノに来ています。
ミラノに定期的に来る理由は、ヨーロッパデザイン学院(Istituto Europeo di Design)という学校で2008年から続けているサウンド デザインのコースがあり、サウンド リサーチという20時間分の授業をやっています。過去のアート作品や、楽曲、パフォーマンスなど、実際に再現してみたり、制作過程や、作品の背景などを検証する内容です。同様に商業的な作品も含め、制作の背景にはどんなコンセプトがあるのか、そのアイデア、テーマを考え、学生が、自分で作品を作る際の指針になればと思っています。
その一環で、アメリカの作曲家、Steve Reichの”Pendulum Music” (1968)を再現してみました。 床にスピーカーを4つ仰向けに並べ、その上にマイクを4本吊り下げ、4人で同時にマイクを引っ張り、同時に手を離して振り子のように動かし、スピーカーの上を通過する瞬間にハウリングが生じ、次第に動きが止まり、最後はフィードバックしたままになるという、ミニマル且つ過激な音でありながら、秩序が保たれた楽しい曲で、演奏技術は皆無、唯一、スピーカーとマイクの距離と音量をフィードバックする所に調整することで、必要機材と場所さえあれば誰でも再現可能です。
この曲はレコードで聴いてもさほど面白くないかもしれませんが、実際にやってみると、ハウリングという一般的には不快な音が、その動きも含め、微妙に変化し続ける音を、止まるまでの10分以上の時間を学生たちも集中して鑑賞してしまいます。以前やった時は、使用したスピーカーが大きかったため、爆音になって学校中から苦情が入り、途中で頓挫してしまった失敗例があり、今年は、やや小さめのスピーカーでやったのでいい感じで出来ました。これの超ミニチュア版とか作ったら楽しそう。
2012年にAphex Twinが巨大なニュートンの振り子に誂えたバージョンをロンドンのバービカンホールで行っている映像がありました。
ミラノを象徴する音を録音して、そこからリズムや音程を抜き出し、楽曲的なものを作る、という課題で、シチリアから来た学生は、ダウンジャケットを着た人とすれ違う時に起こるシュッという音だと言いました。確かに南のシチリアではダウンジャケットは必要ないのでしょう。そんな彼がミラノに来て、皆、見慣れないダウンジャケットを着込んで足早に闊歩する様が、実にミラノ的だと感じたのは、面白い着眼点だと思いました。それを視覚でなく音として捉えたのがいい。
風景を音で捉える習慣が付くと、雑音という概念がなくなります。音は楽しいと書いて音楽ですが、音そのものが音楽になると、どんどん”music”を聴かなくなるかもしれません。今までイヤホンを挿して地下鉄に乗っていたが、録音後、ずっと周りの音を聞いているのが楽しくなったと言う学生もいます。サウンドスケープの世界へようこそ、という感じなのですが、この沼は、結構深いので、取り扱いに注意が必要です。