Toyroメンバーのリレー・コラムです。ぜひ、お楽しみください!(代表・横川理彦)
荒木尚美
子供の頃は怖いものが沢山あったはずなのに、具体的に思い出してみようとすると意外と少ない事に気付きました。「親、先生、幽霊、暗闇、夜中のトイレ、」ぐらいでしょうか?
今、怖いものは「病気、事故、天災、暗闇」という感じ。ほとんど入れ変わってしまい、共通するのは暗闇だけですね。
都市部に住んでいると、もう何十年も「暗闇」のことを忘れて暮らしていますが、自分の行動範囲から離れてみると、夜間の田畑や山林が暗闇なのは当たり前として、真っ暗な住宅街が結構あることに気付きます。昨年の旅行でも、新幹線停車のターミナル駅から各駅電車で17分の駅で降り、わずか徒歩1分で、完全なる真っ暗闇な住宅街に突入したのに驚きました。まだ18時台です。長年忘れていた真っ暗闇に、ひどく恐怖を感じ、早く明るい道路まで辿り着こうととんでもない早足になってしまいました。その辺りに住んでいる人が、新幹線停車駅から快速や急行を乗り継いで1時間近くかかる我が家の周りを歩いたら、街灯が沢山あり、真夜中でもどこかの家の窓から灯りが漏れていて、徒歩5分置きぐらいの距離にコンビニがあるのに驚くことと思います。それは、都会自慢でも何でもないです。都市部だけで生活し、「暗闇」を怖いと思う気持ちを忘れて生きているほうが深みがない気がします。
子供の頃、盆正月の親戚の家に滞在し、トイレが離れにあったりすると、夜1人では行かれず誰かに頼んで一緒に行ってもらったし、夕方暗くなってから、近くの親戚の家まで鍋に入れる野菜を運んだ時、完全なる暗闇で、何かが追いかけて来る気がして、ひどく怖かった記憶もあります。あの暗さはどうしてだったのか?と考えてみると、どの家も雨戸が閉まっていて、屋内の光が全く漏れていなかったからでは?とも思います。私が現在住んでいる地域は、大規模集合住宅が多く、雨戸がないことが殆どなので、どこの建物も、カーテンやブラインドの隙間から光が沢山漏れています。夜中の3時4時でも起きている家が何軒もあるのがすぐわかるので、全く怖さを感じないんです。暗闇に用心するという動物的本能が退化している気持ちがしてきます。
暗闇の他に、子供が怖いものといえば、幽霊です。私の場合、霊感が強い人と違って、見たり感じたりしたことはないので、多分、怖い話を聞いたり、怖い映像を見た影響でしょう。実際、「お風呂場で小さい孫が、死んだおばあちゃんとよく話している」的な話だと、本人は全然怖くないそうなので、おおかたの子供達が幽霊を怖がるのは、やはり、本物を見たことがないからこそだと思います。
そして、大人になった今は、幽霊よりも、人間がプライベートスペースに侵入してくるほうが怖いです。これは、子供から大人になった時点で皆同じだと思います。超自然より、生身の同類の犯罪行為のほうが恐ろしい。
中高生の頃、両親が旅行で不在時、弟と2人だけの家で「泥棒が入ってきませんように」と、夜な夜な色々な神や先祖に祈ったものです。子供は誰でもそういう経験があるとは思いますが、ここからが人と違う話。ある時、本当に夜中に泥棒が入ったんです。その晩、弟と私だけだったか?家族4人揃っていた日か定かでありませんが、誰一人、泥棒が入ってきたのには気付かず、熟睡してた模様。数ヶ月後、刑事が泥棒を伴って来宅し、「こいつが、この家に入ったと言っています。」と宣うのだそうで、夫も子供達もいない平日の午前中、応対した母はさぞや慌てたことでしょう。あとで、母経由で泥棒の話を聞いた時、母の恐怖はとっくに終わって笑い話に変化していました。母が言うには、「顔の整った白人系の男性が柄の悪い感じの刑事に連れられてきて、『どっちが犯罪者なの?』という見た目だった」そうな。そのかっこいい犯人が言うには、「昨年12月の夜中にこの家に侵入しました。1階の居間の電灯が手術室のようなデザインで、印象的だったので、この家で間違いないです。2階に上がると人が寝ていました。」との話なんでした。私の実家はちんまりした建て売りで、階段を登ってすぐの開け放した部屋に、私と弟の2段ベッドがあり、両親はそこから2~3歩進んだ部屋に寝ていました。何か盗まれたのか?色々忘れてしまいましたが、本当は笑い話ではありません。心底ぞっとする話だとは思うんですが、昭和の頃、窓はもちろんのこと、玄関でさえ施錠しない家が沢山あった時代なので、泥棒が入ってきても凶悪事件なんぞ少なかったらしく、似たような事は、よくあったようです。夏目漱石の「吾輩は猫である」にも、そういう泥棒の話がありましたよね。芋を盗む泥棒の話でした。ちょっとしたお金や装身具、着物なんかを盗んで、寝ている住人には目もくれないというのが一般的だった気がします。令和の今では、そういう「物静かな」泥棒の話でなく、下調べ後、何人かで押し入ってくる強盗のニュースが多く、夏目漱石やウチの母のような笑い話には全くなりません。ちなみに私の実家は、隣家との間の見通しが悪く、泥棒が誰にも見られずに窓を割ったりしやすかったらしく、何度か空き巣にも入られました。二子玉川高島屋から家族で夕食をとって帰ってきたら、窓が割られていて、泥靴のあとがキッチンについていたのを覚えています。その晩「もう一回泥棒が来たら?」とも思わず、新聞紙とガムテープで割られた窓を塞いで、みんな熟睡した気がするので、前述のように、昭和ののんびりした犯罪事情が当たり前だったからだと推測します。翌日、検分に来た警察が、日頃母がぐちゃぐちゃに何でも突っ込んである2階の押し入れを見て、「これは泥棒がやったのですか?」「いいえ、元からだとおもいます。」と答えた話を、母は色んな人に面白おかしく話していました。何度か空き巣に入られたあと、「何も収穫がないと部屋に放糞したりの嫌がらせしていくので、数万円をわかりやすい場所に置いたほうがいいですよ。」とアドバイスを受けたこともあるぐらいです。宝石も金庫もなく、特に金回りのいい家でもなかったので、隣家の改築で見通しがよくなった途端、泥棒は一切入らなくなりました。
この泥棒の話は、長年、使い古しているので、もう既にどこかに書いていたら、毎度同じ話で恐縮です。年々尾鰭をつけないように一応気をつけています。そもそも、泥棒を連れた刑事が来て一緒に話して帰るなんてことが現在でもあるんでしょうか?私が今、同じ目にあったら、泥棒と顔を合わせたりしゃべったりしたくありません。昭和あるあるなんでしょうかね。
怖い物といえば、1番怖いものを忘れていました。ごきぶりです。実家は風呂場の通気口の穴が大きいせいか?ごきぶりや虫がよく乱入しました。その中でも1番怖かったことを歌にしたことがあります。
弟が風呂から上がって、私の部屋の前に立って話をしていたら、手に持っていた、入浴の間脱衣所に置いてあった服から、大きなムカデが出てきてツツッと私の部屋に入ってきたのでした。2人ともフリーズしたのは書くまでもないことですね。
4トラックのカセットレコーダーでささっと録音し、後日仕上げようと思っていたみたいです。ピアノも思いついたままで弾ききれてないし、歌詞も「ムカデが出た、風呂場の隅」以外聞き取れません。ハボハマニアというバンドのライヴで演奏もした記憶がありますが、音源も歌詞も見当たらず、覚えている箇所だけ書いておきます。
ムカデが出た 風呂場の隅
タイルの上 すべって・・・・
(三拍子のとこ)気持ち悪いやつ おっかないやつ シャンプーかけても死なない・・・
当時、家に頻繁に出没したごきぶりにシャンプーを薄めたスプレーをかけて駆除していたので、同じものをムカデに振る舞いましたが、全く効果がなく、ムカデは私の部屋のアップライトピアノの下に逃げ込んでしまい、私はしばらくその部屋で寝られずに居間で寝ていました。3日後に母がベランダの粉洗剤の箱の中に鎮座ましましている五体満足なムカデを発見し、恐怖のあまりに洗剤もろともベランダのサンダルで叩きまくって八つ裂きにし、やっとムカデの徘徊が終わったんでした。怖いですね。そんなわけで、私は今後もやはり近代的な集合住宅で土から離れて暮らしたいんです。