Toyroメンバーのリレー・コラムです。ぜひ、お楽しみください!(代表・横川理彦)
田口トモロヲ監督の映画『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』を観てきました。
この映画を楽しみにしてました。でも思ってるのとちがったら……と少し不安になったりもしてました。自分で思ってた以上に思い入れがあったようです。でもそんな心配は吹き飛ぶくらい面白かったです。リザードのモモヨをモデルとした青春映画がTOHOシネマズで上映されてるなんて、今でもちょっと信じられません笑
映画に出てくるバンドのいくつかのライブには行ったことがあります。リアルからちょい後追いくらいの世代です。中学生の頃の私が、雑誌やミニコミ、自主制作盤、または人づてで情報をかき集めて知ったいろいろなエピソードが丁寧に丁寧に盛り込まれていました。地引雄一さんの本が原作というのも良かったんだと思います。一つのバンドの話じゃなくて、距離感がある感じ、実際の写真もふんだんに使われていて見たことのある写真がたくさん。他のレーベルの話だったらこんなにたくさん写真なかったんじゃないかな。
映画を見る前は仲野太賀くんがミチロウさん役を?と思ってたけど、そんな杞憂は吹っ飛ぶくらいのミチロウ感でした。役者さんてすごいですね。
この映画に出てくる自主制作レコードはほとんど「パテ書房」にありました。私が通っていた高校の通学路にあった中古レコード屋です。場所は渋谷と恵比寿の間、明治通り沿い。中古レコードと古本、ミニコミがぎっしりある怪しく魅力的な店でした。
パテ書房のことは前にもここで書いたのでリンクさせてください。
これを書いた時、私の知らないパテ書房の話をいろいろな人が教えてくれました。どうもありがとうございました。
今でも「パテ書房」で定期的に検索してますが、今の所、一番最初に出てくるのが私の上記リンク、二番目がJOJO広重さん、そしてまた私でした。全部で7つくらい。行ったことがある方、パテの話を教えてください。
パテのおじさんは日本のパンク推しではなかった。私が日本のパンクやニューウェイブのレコードを買おうとすると「それを買うくらいならこっちを聴いた方がいい」と言ったりします。でもポツポツと関西のバンドのこととか教えてくれた。もともと関西にいた人だったような気がする。今は何でも検索したら知ることが出来る時代だけど、やっぱり80年代のことは書かれてないことがたくさんあるなとよく思います。パテ書房のウィキペディアがあったら読みたい。
この店にある自主制作盤ソノシートはとても高かったから買えなかったけど、ミニコミは中学生でも買えそうなものがあった。「CHANGE 2000」や「狂乱娼館」とか。スターリンの話をしたらミチロウさんが大学時代に作ってたフリーペーパーをもらいました。未痴郎という表記だったような。ペラ1枚で青春のもだえ苦しみが綴ってありました。
80年代初頭、スターリンは全裸、放尿、豚の頭と臓物……の過激ライブを各地で繰り広げていたので、教育委員会に「行ってはいけないライブ」に指定されてました。でもどうしても見に行きたくて学外の友だちとライブに行きました。いま思えばこんなバンドをいろんな大学や高校で学園祭で呼んでたのがすごいですね。今もそんな学園祭あるんでしょうか。あるなら行ってみたいです。あと大人になってから高円寺駅前の高野青果の並びの肉屋に行ったら、豚の頭がまるごと並んでいて、もしかしてここで買ってたのかなと思いました。
横浜の大学で行われたライブ、対バンは宮沢正一&ラビッツ、アレルギーでした。かなり衝撃のライブでした。
その後、個人的にもっと衝撃だったことがあって。スターリンを見に行ったことが学校にバレて大問題になっていました。どういうきっかけでこんな破廉恥なバンドに興味を持ったのか、言いなさいッ!前代未聞です!と先生に責め立てられました。自分でもいきなりスターリンが好きになったわけじゃないよな〜なんだっけ、と思いました。最初は週刊マーガレットを読みながら、さだまさしとかアリスを聴く女子中学生でした。そこからYMO、ここが分岐点ですね。YMO自体もですが、女装して客を怒鳴ったりしていた坂本龍一がとても好きでした。
そしてご本人のソロよりも、坂本龍一プロデュース作品の方が好きになりました。大貫妙子や飯島真理には行かず、PHEWやフリクション、氏が参加しているTACOが好きになりました。雑誌のインタビューで勧めていたスリッツやスロッビング・グリッスルも好きになりました。TGはともかく、スリッツは今でも好きでよく聴きます。
坂本プロデュース作品をきっかけに自分の好みは直角に地下へ地下へと潜って行きました。ご本人の作品よりもPASSレコードやTACOの方が好きになってしまったのでした。
こういうことは後から思い起こして気がついたことで、先生に訊かれた時に即答出来るわけもなく。
両親も呼び出され、ものすごく怒られてました。先生の怒りポイントは「親がコンサートに行くことを知っていた」というところです。なんて親でしょう、どういう教育なさってるんですか!こんな全裸になるような催しにと。そこをガッツリ責められて、「そんな内容のものだとは知らなくて……」と父親がうなだれていたのを覚えています。お父さん、ボーカルが全裸になるバンドのライブに行ってきますとか言わないですよね。父にはちょっと悪いことをしたと思っています。
結局停学でした。
しばらくの間は親も厳しかったので大人しくしていました。1ヶ月くらいパテ書房に行くのも自粛してたかな。パテに通うのを禁止されたら困るのでほとぼりさめるまでは大人しくしておこうと。この頃の気分はパテに行く前に学校に行っておこうかなというようなものでした。繁華街には先生が張り込んで生徒を補導したりしてたのですが、パテ書房に行く生徒は稀だったのでノーマークでした。ここまで禁止されてしまったら学校に通う意味がなくなってしまう……。
久しぶりにお店に行った時、来なかった理由を話すとフン……と笑われた記憶があります。おじさんはこんなことはもう覚えてないと思いますが。
当時、私みたいな女子高校生は全国にたくさんいたんじゃないかな。当時のスターリン、こんなにライブやってたし。情報を入手するのが困難だったので、慶應大学医学部でライブやってたなんて知らなかった。改めて見ると、こんなところでも?と思います。ライブのリスト、すごい数でした!
そこから20年以上経ち、私は一児の母として育児でヘトヘトの毎日を送ってた頃の話です。昔ライブに一緒に行った友だちが、「育児ノイローゼじゃないの?ライブに行って気分転換しよう」と誘ってくれました。スターリンと非常階段の2マン、育児のストレス発散には刺激的すぎる組み合わせです。久しぶりに友だちと会い、スターリンのライブを見ることが出来たのはとても良かった。非常階段もパワフルでした。寝不足を押して行った甲斐があったなと思いました。 その時のミチロウさんはさすがに全裸ではなく、上半身だけ脱いでいて、ステージの上の方にあったパイプみたいなものにつかまりながら歌ってたのですが、腹筋がものすごく割れていてかっこよかったです。そして片手で懸垂をしている。えー!歌いながら懸垂の意味はわからないけどなんかすごい笑 ミチロウさんはやっぱりかっこいいな、私もがんばろう。とりあえず育児と仕事をがんばろう……と思ったのでした。
1983.6.11 "GO GO スターリン TOUR" 明治学院大学
THE STALIN
遠藤ミチロウ (vo) 杉山シンタロウ (ba) 良次雄 (gt) 中村達也 (dr)