Toyroメンバーのリレー・コラムです。ぜひ、お楽しみください!(代表・横川理彦)
谷口尚久
自分のことは飽き性だと思う。そうなんだからしょうがない。
そんな中でも、ずっと飽きないものもある。
例えばちょうどいい加減のコーヒー、テレキャスターの形、ほくほくとした里芋、アコースティックピアノの音色…。
食べ物と楽器ばかり思いつく。
近頃は流行の移り変わりが速すぎて、という意見をよく聞く。その通りだと思う。
いろんなものがもてはやされ、気づけばもう誰もそのことを口にしていない。
そして自分が生きてきた体感として、急に流行ったものは急に廃れてしまう気がしている。
急激に広まったブームほど、あっという間に過ぎ去っていくのだ。
おそらく、広まり方の「速さ」そのものに原因があるのではないだろうか。
ネットを通じて情報が瞬時に拡散される現代では、誰もが同時に熱狂し、そして同時に飽きてしまう。
情報の速度が、流行の命を削っているように思えてならない。
逆に、時間をかけて広まったものは、なかなか廃れずに残り続ける。
音楽で言えば、楽譜なんかがそうだろう。
羊皮紙を使っていた時代から試行錯誤し、いろんな様式を経て今のスタンダードな形になっている。
読むのに慣れは必要だけど、慣れてしまえばとても便利だ。
電気を使わない楽器もそうだ。
ギターと言っても、今の形に至るまで色んな形のものが考案されてきた。
管楽器なんかも、過去のものを見ると大きさや形状が色々あって面白い。
なかにはトランペットとフリューゲルホルンのように、収斂進化のような結果もある。
つまり、哺乳類のイルカと魚類のサメが似た形状になるように、違う出自の楽器が似てくるのだ。
食べ物もそうかもしれない。
化学的に合成されていきなり広まったものより、何世代もかけて品種改良をされたものは残っていく。
ということは、生き物全般がそう言えるんだろう。
花も飽きないし、犬猫も飽きない。
あっ、相撲も見ていて飽きない。
ところで、さきほど例に出したサメだが、長生きする動物だと聞いた。
種類によっては500年ほど生きるらしい。
ということは「ああ俺、織田信長みたことあるよ」というサメもいるということだ。すごい。
時間軸の長さを考えると、自分が作った曲も長生きするといいなと思う。
そのためには何世代もかけて演奏され続け、解釈がどんどん変わっていっていいのだと思う。
なんなら、少しくらいメロディが変わっても。
最近見つけた面白いカバー2つ、リンクを貼っておきます。こういうのは嬉しいです。