Toyroメンバーのリレー・コラムです。ぜひ、お楽しみください!(代表・横川理彦)
薄井由行
九月になった。毎日雨の予報でうんざりする。相変わらずエアコンが稼働しているが、稼働しない日もこれから増えてくるだろう。そして相変わらず書くことがない。もっと肩肘張らずに書けばよいと自らにお灸をすえ、考えを改めようと思ったところで性格は直ちには変えられるものではない。やはり無理なものは無理。だから早々に窮地に立ってしまう。そんな救いようのない質(たち)――仇なのだ。
こんなことばかり書いていても、らちが開かないので、これ以上自分を咎めるのはやめよう。それよりも続きを書かないと気持ちが悪い。しかし綴ろうにも、入力装置を叩くための指は休むばかり。ちらばった萌芽を吸い取る嗅覚もつまった鼻腔には意味をなさない。久しくつかっていない頭骨内部の宮殿の住人たちは、まるで臼で挽かれ荒野に放置された第一級紫僵(しきょう)よろしく朽ち果てている。そのあわれな骸は抗う間もなく、汲み取られるようにして柩の中へと引きずり込まれてしまった。
そこで、九月九日なので「きゅう」の音をもつ漢字を鳩(あつ)め、それらを題材に、ちゃっちゃっと急ぎ足で書きすすめようと思い立つ。同じ音の言葉を連ねて楽しむ遊びは旧くからあるようで、平安の和歌に見られる掛詞(かけことば)や、江戸期に広まった地口・判じ物などがその類だろう。今回のこの試みも、そうした遊びの末席に連なる一種の亜種と言えるかもしれない。この方法なら小文くらいは求められるはずだから、それでどうにかお茶を濁せるだろう。とはいえその起源を糾明し、真相を究明しようにも、たしかな資料は見当たらなかった。それでも、言葉あそびこそが、今回のこの文章にひと役買うことを給わってくれることだろう。
目標は言葉という弓矢を放ち、なだらかな丘を、ゆるりと超えられれば良しとしようという感じだろうか。そもそも的などもともとあってないようなもの
――と書いている内に、検索した「きゅう」はほぼ消費してしまった。今回のアイデアが及第しているかは、心もとないが、泣く泣くというほどではないにせよ、なんとか書き上げた。この文章も、そろそろこの辺で、球を投げようと思う。
本文で使用した「きゅう」28字